縁 は 異 な も の
68歳の挑戦から”縁は異なもの”にタイトルを変更しました。
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生きて虜囚の辱しめをうけず
第二次世界大戦のさなかにオーストラリアで日本人1100名が捕虜になった事実があります。
N.S.W州にあるカウラという町に日本人とイタリア人が収容されていました。
その収容所で日本人捕虜が月夜の晩に集団大脱走する事件が起こりました。
この脱走によりオーストラリア人4名、日本人234名の死者と108名の重傷者が出ました。


カウラ収容所で捕虜達は自由な生活が許されたそうです。
野球を楽しみ 日本人が好む魚が出され 日本酒を作って飲むことも許されたとあります。
イタリア兵は祖国の家族へ手紙を書いたり 現地のオーストラリア人と親しくなり後に結婚した人もあったと聞きます。
豪州兵は寛大な措置をしてくれました。


そう言う状況下でなぜ脱走事件が起きたのでしょうか?

日本兵は「生きて虜囚の辱めをうけず」と書かれた「戦陣訓」が重く心を占めていました。
ある下士官は「日本国に忠誠を尽くさないのか!こうしていていいのか?」と怒鳴る収容所内です。
こうして捕虜として生きていることを お国には知られたくない。
知られたら 残してきた家族が村八分になるのでは?
怯えた日本兵士のほとんどは偽名を使ったと言います。


下士官の影響力が強いと見た豪州兵は
兵士と離れさせて別の収容所へ移す方針を伝えてきた。
その移動命令が出た日に 集団脱走が決行されたのです。


戦闘で名誉の死を遂げる。そのために脱走を決行する。

脱走に賛成するものは○ 反対は×をつける。

どちらを選ぶかは 全員が○×投票をして決定する。と決まりました。

一人ひとりの心の中は葛藤が渦巻いていたと想像できます。


            ~次の記事へ続きます
コメント
毎日雨です
私の乏しい読書歴で 井上ひさしの黄色い鼠って

オーストラリアの脱走兵の砂漠を水ガエルなどをたべながら

生き延びた本を思い出しました
[2013/06/24 06:25] URL | 友ちゃんのママ #- [ 編集 ]

黄色い鼠
日本人がこう呼ばれていたのでしたね。
図書館でこの本を探し当てましたが
どのページも日焼けした古い本でした。
友ちゃんのママは色んな本を読んでいますね。

”柵がない日本人収容所”の出来事が書かれた本でした。
収容所長が捕虜に脱走をすすめて?車も食料も調達してくれた。
アボリジニの道案内も付けてくれた。
それでも逃げきれなかった大砂漠のオーストラリアです。
井上やすしの小説で 
日本へ帰ること叶わず生き残ったと言う人は 
どこで生きているのでしょうね!?
[2013/06/27 19:14] URL | サチヨ #- [ 編集 ]


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