縁 は 異 な も の
68歳の挑戦から”縁は異なもの”にタイトルを変更しました。
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旅の終わりに。
モーターホームの走行距離は 6,815km
給油は 1,048.5リットルでした。

[オーストラリア英語]

20年前、アメリカから来た先生が私と同じように
モーロング学校に在籍していた時のことです。
ホームシックになった彼女がコーヒーを飲みながら
「英語が分からなくて淋しい」と泣くのです。
「英語が分からない???」分からないのは私でしょうと
言いたかったのですが、どうやら
ジョークで話すオーストラリア英語が理解できないようでした。

Hang on your hat.
運転手のロビンが座席の私達に声をかけます。
直訳すれば”あなたの帽子をしっかり押さえてね”です。
これは
”デコボコ道になるから気をつけて」と私達に言ったのでした。
オーストラリア人はジョークが大好きです。

ジョークはおろか、英会話もおぼつかない私ですが
何とか話そうとする私のことを
理解しようと、親しみを込めて聞いてくれるオーストラリアの人達です。



[車の中とキャラバンパークの暮らし]

指相撲、腕相撲をしました。
私も強いのですが、腕が長いローマに負けました。
ジョンにも負けましたが、いいところまで戦いました。
ジョンがローマに勝って得意顔をしていましたが
体格のいい男ですから勝って当然なのです。

朝食でパンの角までマーガリンやベジマイトを塗るローマに
”そんなにベットリ塗るの嫌だな”とジョン。
”私はパンの端っこを愛します”とすまして答えるローマ。
4人掛けのテーブルに、立派な体の私達4人がキツキツ座り
食事をし、おしゃべりするのは楽しいひと時でした。

モーターホームをサンドペーパーの木の横に止めた日がありました。
アボリジニが楽器ディジュリドーを作り
美しく磨くために使ったというこの葉っぱは
表面がザラザラしていてサンドペーパーになっていました。

ダーウインまで来ると、日本人にも会うようになりました。
海外生活が長くて、子供2人は外国生まれだと言う日本人家族が
旅行に来ていてキャラバンパークで出会いました。
日本人同志お互いに懐かしくて話すようになると
ジョンとロビンはその会話に入りたくてやってきます。
奥様も英語が得意で社交的な方だったので
ジョンは楽しそうでした。
ジョンの口から唐突に、花魁の話が出てきたりしていましたが
いつものことなので知らぬふりして
私は子供達に”だまし舟”を折ってあげました。
奥様は”そうそう忘れていたね。これからは折り紙しようね”と。
子供達が経験したことのない日本の暮らしを
教えておいてあげたいと願う親心を、その時に感じました。

アデレイドリバーと言うキャラバンパークでは
朝の4時頃に列車の走る音が聞こえました。
ここは北のダーウインから南のアデレードまで
ザ・ガン号が大陸の中央部を走る鉄道が近くにあります。
アフガンのらくだマークの列車ですが、ロビン達と最後まで
旅を続けていたら乗っていたはずの大陸縦断鉄道です。
憧れていた列車の汽笛を聞いて、その後は眠れませんでした。
もうすぐ私の旅は終わります。


[ダーウイン最後の晩餐]

夕日を眺める船上ディナーをご馳走してもらいました。
ロビンは白い綿パンを新調し
ローマはマーケットで買ったオシャレなTシャツに着替え
私は持参した黒いシースルーの上衣。
日本なら女子会ランチのお出かけスタイルです。
長旅の運転のお礼を言いたかったのは私の方なのに
3人に招待してもらって、大変嬉しい最後の思い出になりました。

最後のディナー









コメント
最後にふさわしい
読み応えのある素晴しい記事でした!

ensachiさんの感性に拍手喝采です。
貴女のひたむきに向き合う気持ちが
よく伝わってきました。

68歳の貴女にできるMAXなことを成し遂げたと
思います。


本当にお疲れ様でした。

最後にケチをつけるようだけれど
写真のスライドショーの回転が
もっとゆっくりでもいい気がしました。

どうしても急いでしまうみたいですね。
[2014/02/15 22:03] URL | 姉 #- [ 編集 ]


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