縁 は 異 な も の
68歳の挑戦から”縁は異なもの”にタイトルを変更しました。
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暑いけれど

ああ~暑い暑いといってるあいだに、オリンピックも終わりましたね。
日本選手の活躍に、連日テレビの前から離れられませんでした。
最後のオリンピック旗の受け渡しは、
すったもんだの末の小池都知事が着物姿で登場し、
堂々たる彼女の姿に、なかなかやるなあと同性として拍手。
私自身はムダ遣いの温床のような
東京オリンピックなんかいらないと思ってはいますが・・・
東京五輪のロゴマークはしぶくていいと思います。


体験
今夏のすさまじい暑さに、みなさんひっそりと籠っていらっしゃるんじゃないでしょうか。
ご多分にもれず、私もそのくちですが、
先日、地域のイベントに、思い切ってエイヤッと出かけてきました。
子ども向けの催しですが、屋台や映画上映があり。
暑かったけど、賑やかな子どもたちの歓声で盛り上がっていました。
体験コーナーで、蚕から糸をとる作業をしていて
参加させてもらいましたが、これがおもしろい。
繭になった蚕をお湯に浮かべ、糸口をみつけて五本ほど束ねて一本にして、
糸繰り機でクルクルと巻き取っていきます。
糸が切れもせず、からまりもせず、するすると伸びるのは驚きでした。
蚕
  お湯に浮かぶ繭(白)と 糸を巻き取られた後の蚕

糸繰り
    ピンボケですが糸を引いているところ

体験はここまでですが、
この糸をさらに何本も寄りあわせて一本の糸にしたのが生糸だそうです。
これはお遊びでやっているなら楽しいですが
女工哀史で知られる娘たちの、辛い人生を想像したら、
今のこの時代のありがたさが身にしみます。

子どもたちにこそ体験してほしかったんでしょうが
往年の乙女たちが、「昔蚕を飼ってたわ、懐かしい」などと言いながら
糸を繰ったり、真綿作りのまねごとなどをして大人気でした

繭の中の死んだ蚕をとりだし、繭をそのまま広げる作業を体験しましたが
その糸の強さは、
一個分の繭の小さな糸の塊が畳一畳の大きさに広がるとか!
それを何枚も重ねたものが真綿といわれるんですって。
へぇ~でした。
繭張り
   一個の繭を広げたところ
   これを更に畳一枚の大きさに広げる

昔、我が家にもありました、真綿で作ったあれは、
たしか「亀の子?」だったかしら、背中に当てると暖かいんですよねえ・・・
恥ずかしながら、蚕の偉大さがいまさら分かった次第でした。


ブルベリー
この暑い今頃に採れるブルーベリーです。
朝の涼しいうちに採るのですが、
一粒が小さいのと、黒く熟したものだけを採らないといけないので
けっこう手間がかかり、欲しい人、採りにきていいよって思ってしまいます。
ジャムにしてプレゼントすると、
ブルベリー
目にいいと、年配の方にはとくに喜ばれます、ほんとに効くのかしら。

寄せ植え
夏の庭は暑さに負けて、たいした花もないのですが
今年の寄せ植えが、思いのほか素敵に仕上がり自画自賛しています。
寄せ植え

お・ま・け
モモンガ息子が長期出張の為、どうしても預かってくれと
フクロモモンガを置いて帰ってしまいました。
両手の中にコロンと入ってしまうぐらいの子に
付いてきた荷物の多いこと。
餌は夜一食でいいのですが、グルメらしくて
モモンガミルクは必ず、
煮干、ゼリー、あれば生の果物を、
スイートコーンやハチミツは大好物、同じものは続けるとダメ、
と、あれこれめんどくさいこと。
昼間は小さい袋の中でひたすら寝るばかり。
夜中に活動しているようですが、私たちにはとてもお付き合いできません!
とはいえ、一週間もしたら、こんなふうにちょこっと顔出しもするようになり、
いつのまにか我が家に馴染んでいるようです。
もも

まだまだ猛暑、続きそうです
熱中症にはくれぐれも気をつけましょう





孫とばあちゃんの珍道中
ニュージーランドのラグビーチーム、オールブラックスの胸に付いているシルバーフォーンです。
フォーン1

ばあちゃんが本気で一回だけ叱りました。
マウントクックの宿泊ホテルから少し登ったハーミテージホテルへ夕食に行った時です。食事をしていたら帰りは真っ暗になる。道に迷う心配と雪道でスリップ転倒を恐れた私は、明るいうちに食材等買って帰ろうと篤志に相談。いいやダイジョウブと返事したので、まあ豪華版のビフテキなど頂いての帰り道。一つ曲道を間違えて、焦る私。そろりと歩いていると、真っ暗怖わないの?と篤志怖がっている。そこで一喝! 誰やいい加減な返事して!暗がりなんか怖ない!道間違えないでホテルへたどり着かなアカンやろ!
うつむいていますがこの写真は関係ありません。翌日朝食後に二人で山道を散策した時のものです。
散策1

クライストチャーチからマウントクックへは、篤志と二人旅でした。
JTBに長距離バスとヘリコプターを申し込んだので高くつきましたが、日本人のガイドさんが添乗して下さり沢山話が聞けました。NZの人も退職後は住みたいと言う、避暑地で人気のデカポ湖です。
<a href="http://ensachisan.blog.fc2.com/img/201608091007432ea.jpg/" target="_blank">デカポ2

帰路バスから眺めた湖の色は変わっていました。
デカポ1

ニュージーランドが好きな国になった3つの理由です。
①原発がNOです。火力水力地力の自然だけで発電するので、一カ月の電気代は高くつき日本の2~3倍。それでも市民はNO. 原発は一基もありません。
②自然の島があります。自然形態を守るために、その島は自然を破壊する人間が住めません。
③クライストチャーチの復興が遅いなァ~と感じていたのですが、政府は経済の停滞よりも、震災にあった市民の暮らしを全部確保した、それこそが一番に手掛けることでした。町の復興はこれからだそうです。

帰国後、篤志はお土産の明細書と一緒に、1万6千数百円が入った封筒を渡してくれました。
これは自分が両親や兄弟、友達に買い求めたお土産代金です。旅行中は私がNZドルを管理したので、帰ってからこのおみやげ代を、篤志が小遣で支払いました。購入額は200ドル程度、換金レートは78円前後ですが、ざっと計算するのに80円で計算したらと私が言いますと、おばあちゃんオレが分かってへん思うているやろ、そうしたら、おばあちゃんの得やで~と。ちゃんと分かってるやん フフフ

帰りの飛行機間違ってニューヨーク到着!そんなこともあり得る珍道中でした。しかし、これはお台場です(^^♪
自由の女神1
28日に帰宅予定していましたが、29日になってしまいました。
成田⇒関空の飛行機に乗れなかったのです。ジットスターの搭乗カウンターへ行ったら、予約された切符が支払い不能でキャンセルになっていますと。また私のミスが~~~! じゃ新しく切符を買います。 申し訳ありませんが満席です。 さあ~それからは乗れる航空会社を探してウィングを走る走る。 全部ダメ! 篤志が安いホテルを探してくれて、2分後に発車すると言う最終のシャトルバスに飛び乗った!ふーっ~~~という訳で成田シティーホテルに泊まることになりました。翌朝は、災難も転機にする元気が出た二人は、東京見物とシャレ込んで、ユリカモメに乗ってお台場見学をしてきました。

娘から、ニュージーランド航空にも乗り遅れそうやったらしいな~と。最後のオークランド空港で、NZドルを日本円に換金するのに手間がかかり過ぎて、搭乗口まで走る羽目になりました。それから走ってばかりの記憶が強烈過ぎた篤志は、ニュージーランドの話よりも、失敗談で笑い転げていたそうです。

ともあれ、計画表通りに帰れなかったばあちゃんは、篤志の両親には信用をなくし、へろへろになって帰宅したのであります。
そして・・・通帳を調べたら~~~チケット代金が引き落とされている!!!!これって何事が起ったの!?すぐに購入先のスカイチケットへ電話を入れた。その返事が、こちらのミスです。それって、どうしてくれるん⚓ 領収書を送付してくれたらホテル代とJR代金は支払います。何その言い方、迷惑掛けた、申し訳ない気持ちあるん!? 
そんな出来事があって本日、領収書を発行してもらえなかった新幹線のチケット代金を引いて、ホテル代とJR乗車券代の合計を支払います、とメール通知が来た。バカにされてたまるか~~~~~~~!ホテル代とJR乗車券代、そして領収書が貰らえなかった新幹線チケット代金も含めて請求通り、プラス気持ちだからくれると相手が口約束した3000円も入れて支払ってくれると。
このばあさんはいい加減であしらえる、そんな気持ちを持たずに誠意をもって対応することが、始めから出来んかったのかと情けないですね。そして、責任感が薄れる代行システムには怒りが残りました。


長い長いブログを書かせていただきました。読んで下さった方にお礼申し上げます。
孫とばあちゃんの珍道中
3泊目はウエリントンに住むリサの家に泊めてもらいました。
首都ウエリントンは風が非常に強い町です。丘の中腹にあるWellingtonの看板はtonの字が風に吹かれて舞い上がっているデザインでユーモアーたっぷり。リサの家はこの丘の上にあって、夜は台風かと思う強風です。10分程下った海に沿って空港があります。この強い風でも安全にと、ウエリントン空港には一流のパイロットが集められていると言ってました。

父親マサは努めて日本語を話しかけていて、ショーは2歳児でまだ喋り始めたところですが、声かけられた言葉を毎回繰り返すんですね。その発音は日本人と変わりありません。おばあちゃん、と私のことを呼び、おいしいね、もっとちょうだい、いただきます、いい子いい子,そして連発したのが、あつし。母親のリサも日本語を修得しているので、今回の旅は日本語が飛び交って不自由しませんでした。
何がご不満?ショーです。
ショー1

映画の大道具を制作しているマサの作業場も見たかったけれども、時間が少なくて残念でした。
国会議事堂あたりを歩き、NZ特有の淹れ方をする一番美味しいコーヒーを飲むと、美術館は素通りでちょっと悔やまれましたが、市民の憩いの場になっている港町を風に吹かれて散策したこと、家の裏山に上り眺めた周囲一面の海景色は忘れません。

4泊目はクライストチャーチのホテルです。
語学校の生徒23人が地震で亡くなった映像を覚えているでしょう、その近くのホテルの多くは閉鎖されたままでしたが、残った2つの高層ビルの一つに泊まりました。地震以後はビルの高さに制限を付したそうですから、このビルは抜きんでて高く、何十年後に再び訪れようとも、今回宿泊したホテルはパッと見つかるはずです。
 ここは目的地マウントクックへの通過点と思っていたのですが、リサ家族と街中を沢山見物出来ました。ちょっと面白い話ですが。地震の映像にあった大聖堂です、壁が崩れていました。しかし、あれは地震で崩れたのではなくて、市で取り壊し始めたら市民の抵抗があって放置されていたそうです。勘違いした人が多いけども崩れ落ちたのは塔だけですよ、と聞きました。その大聖堂の代わりに作られたのが、日本人が制作したダンボールの教会でした。今では観光の目玉になっています。NZは人口が少なくて復興作業してくれる人材を外国へ求めたら、建築志望の若者が集まってくれる、そうです。
 崩壊したビルの跡地には、亡くなった人たち180人分の白い椅子が並べてありました。車椅子もありました。真っ白なベビーチェアーも見つけました。店を潰された人たちが集まって、コンテナーの店を開店している一角があります。そこに飾られている像は、食事を作ろうとしている母親であったり、犬の散歩であったり、ごく日常の風景を取り戻そうとしたものばかり、ニュージーランドのお国柄を読み取りました。
 夕食に出かけたのは8時頃なのにほとんどお店がしまっていて、まだ開いていると聞いたラーメン屋さんへ。スタッフ全員が日本人の経営です。あの静かな通りのどこから集まって来たのか、このお店は満員盛況。日本料理と看板が上がっていても、中国人経営が多い中、日本人が作るラーメンの美味しいことを良く知っているんですねェ

 ボタニックガーデンを廻るエイボン川を船に乗ることにしました。
静かな川面、畔で憩う市民、若い篤志は川の急流くだりこそがアクティビティーだと少々ご不満。大きなビルの床にレールが残っているのを見つけ面白がっていたらとんでもない、1886年から走り続けているトラム(市電)がビルの大扉を開いてチンチンと走って来ました!この写真も消えてありません、ごめんなさい。


孫とばあちゃんの珍道中
ニュージーランドのオークランドへ到着した日の昼食は、リサお勧めのこちらで獲れる牡蠣。クリーミーで大きくて美味しい豪華なご馳走で歓迎してくれました。
ガイド本に載っている超有名なアイスクリームも食べておこうと、海岸通りをドライブ。サーティーワンと似たようなものでしたが、そこで初めて’ポケモンgo’の姿を発見! 広場にうつむいてスマホを見ている集団が!! 異様な光景ですね!
オークランドタワーから眺めたハーバーブリッジです。
1ブリッジ

バンジージャンプはNZが発祥の地。やりたい人は45キロ以上体重が必要です。
孫は数キロ足りないけども服で着ぶくれる・・・やってみたい! と。 一緒に上に上がってみて下を眺めたばあちゃんは、ダメ! と即座に決定権を握ってしまいました。怖い怖い~ 心残りの篤志、ちょっとかわいそう。
たわー1


2泊目はロトルアのホテルです。
リサとショーのダブルベッド寝室と、シングルベッド2つの寝室、真ん中に居間があってキッチン、お風呂が付いたきれいな部屋でしたが素泊まり2万円也。
到着して温水プールへ直行する篤志と、怖がるショーです。
1温水プール
今回はバックパッカーとかYHホテルを経験させてみようと計画していたのですが、外国人の旅行客とごろ寝(2段ベッドがいくつもある大部屋です)では疲れが取れず、またYHはお酒を飲む人たちと同室なので、18歳未満は無理だと助言を受けて、ずっと旅行を一緒にしたいと言ってくれたリサに、すべてお任せすることになってしまいました。何と心強かったでしょう!元旅行会社に勤めていた彼女です。残りの2泊も素敵なホテルだったことは言うまでもありません。

アメリカのマグドはコーラーが特大だと聞いていた篤志の希望で、昼食はマックです。
でもがっかり、日本と同じサイズが出てきました。wifiを求めて、この旅では3回もマックを食べる羽目になりました。
ここまでのドライブは激しい雨、雨。ところが車を降りる頃には、この青空です。ニュージーランドは天気が変わりやすいようです。そして大きな虹が! 虹の多い街でもあります。
1虹

ロトルアからは広い範囲でづっと温泉地帯が続きます。mud water と言っていましたが、ぷくぷくと熱い泥が沸き上がっていました。
1噴火

この森を入っていくと、観光客はもちろん知る人のみぞ知るホット川で泳げます。ゴウーゴオーッと流れ落ちる滝つぼのような場所まで歩くのも心楽しく、篤志は早速海パンに着替えてドボン!
1ホット川

私の失敗の一つを披露しますと、200枚ほどの写真を全部削除してしまいました。飛行機内は暇でしょう?ピンボケ写真を整理していて全部消えちゃった~~~という訳でラインに送付してあった写真だけですが、ご覧くださいませ。
オークランド→ウエリントンまで、10時間程のドライブですが途中で、光る虫を見に洞窟ツアーに行き、大きな滝を見に寄り、間欠泉を起こすショーを見に行ったりしました。リサが見せたいものがあると、大サービスしてくれたのでした。

マオリのショーとディナーにも行ったので、付け加えておきます。ハンギと言うマオリの伝統料理です。地面の下に材料を埋めて蒸し焼きにします。温水プールに入っていて、迎えのツアーバスに乗り遅れるというハプニングがあったのに、リサは車で1時間ほど走ってくれて私達二人を送り届けてくれました。観光客が大勢で、しかも夜なので間違いがないようにと、しっかり頼んでおいてくれたのでしょうか、ディナーの席はここだとか、ホテルへ送るバスの運転手は私だからとか、後から来たのに一番前の席でショーを見せてもらったりとマオリの人の親切に驚いたものでした。篤志はマオリのハカーに興味深々。

孫とばあちゃんの珍道中
「外国へ行くんやったら、おばあちゃんと行きたいな」
体力的にも金銭面でも、もう海外へは行きません。そう決めていた71歳の心を動かしたのは孫のこの言葉でした。

地図1
ニュージーランドの地図と日程表です。見づらくてスミマセン。

7/20(水)成田空港を夕方発って、北島の北方にあるオークランドへ着いたのは21(木)の朝です。
10時間のしんどいフライトでしたが、孫は初めて乗った国際線では映画が見放題なのが面白いらしく、実際3本も見続けて、機内食などのサービスよりも楽しかったようです。とは言っても、日本を離れる瞬間だ!とか 雲の重なりを見て、海が見えてる!とか地球の丸さがわかるなど興奮気味。夕日の美しさに思わずシャッターを切る姿を見て、来てよかったな~と思ったものです。

オークランドの到着ロビーには、リサとショー(2歳)とシャロン(母親)が出迎えてくれて、この時からリサ・オムスビー一家とのにぎやかな一日が始まりました。
写真はリサの夫・マサ(将行さん)のワークです。
ロードオブザリングの舞台装置を仕事にしていて、映画撮影の後はこのように美術館や空港に飾ってありました。

彫刻1

左は子供と遊ぶのが上手なお兄さん、しかし子育ては超厳しいそうだ。篤志の右前は孫12歳ラグビーで胸板も厚みが出てきている。日本から持参した小豆入りのお手玉に挑戦、3つ玉クリア!
1居間で

台所はいつもピカピカ。今夜は、ラムのオーブン焼きとグラタン、サラダの見事な夕食でした。子羊なので柔らかくて、日本で食べるラムとは大違い。いつもmake yourself 形式らしく、テーブルに座りきらない5~6人はお皿を持って居間のソファーで食べます。
1台所

翌朝はロトルアに向けてドライブ。旅行の最終日はもう一度ここに泊まりなさいと言ってくれたので、ホテルはキャンセルした。娘リサはウエリントンに住んでいて、そのまま帰ってしまうので、次来るのはお正月休暇だね、なんて母娘で言葉を交わしていた。今度私たちが帰って来るときは知人のリサがいないのだけれども、娘の友人二人を泊めて空港まで送迎してくれるという、その暖かい歓迎こそが私の旅行の最大の楽しみになっています。篤志もこんな旅を期待してくれたのかな~なんて思っています。
玄関1

おばあちゃんの調子で話していても、オレに振ってこんといてや。ニュージーランドへ降り立つ前に篤志が私にクギをさしました。英語で何て答えたらいいのか分らないから、話しかけられると緊張するのでしょうね。そんなことを言っていましたが、最終日の夜、自分から居間にいるジョンとシャロンに「good night」と言ってこようかと言ったのは、私にとって大変嬉しいことでした。



孫とばあちゃんの珍道中
____  ニュージーランド8日間の旅 _____

へり1
バス1

南半球の気候は今、真冬です。
NZの南島に位置するアオラキ・マウントクック国立公園では、世界一大きいタスマン氷河が見られます。
標高3,000m級の山々が雪をかぶって連なる中でも一番高い山、マウントクックをヘリコプターで遊覧して氷河の上に立つことができました!

1山

1篤志

1ホテル

暑い夏を忘れてつかの間でも、雪景色で涼を感じてもらえたでしょうか?

上空風が強いとヘリは飛びません、と言われていた空がからりと晴れ渡り、30分バスで走ったヘリの発着場から彼女Lionaさんが迎えに来てくれました。secret とささやいて30分の飛行を50分にしてくれると言うのです。パイロットの横へ私達二人を押し込んで片目をつぶる彼女、この仕草は外国の方ならではですね。ああ何とラッキーだったでしょう!孫はよほど嬉しかったのか、彼女と記念写真を撮りたい(^^♪と言いました。両親が聞いたらウソッ!篤志から写真を撮りたいなんて、とビックリする言葉が出ました!