縁 は 異 な も の
68歳の挑戦から”縁は異なもの”にタイトルを変更しました。
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旅程 ・ 西オーストラリアをモーターホームで北上7000kmの旅
モーターホームの旅程 (7/26~8/26) 
西地図
①パースでモーターホームをレンタルしてウエーブロックへ(700km)ハイデン泊   
                                   7月25日
②tomo母娘をパース空港へ迎えに行く      ワナルー泊   
                                   7月26日
③ピナクルス散策                 ジュリアンベイ泊                              
                                   7月27日
④カルバリー国立公園散策、レインボージャングル見学  カルバリー泊  
                                 7月28・29日
⑤モンキーマイア、パールファーマー見学     デナム泊    
                                7月30~8月1日
⑥1マイル桟橋                 カナーボン泊  
                                  8月2・3日
⑦アリ塚             水なし・電気なしのバカナウエーで野宿 
                                    8月4日
⑧博物館、日本人墓地、red dog見学  カラサ  ピルバラ泊    
                                  8月5・6日
⑨123両連結列車が通る       ポートヘッドランド泊    
                                   8月7日     
⑩80マイルビーチの夕日          80マイルビーチ泊      
                                    8月8日
⑪博物館、ワニ園、パール、日本人墓地,フリーマーケットブルーム泊 
                                  8月9~11日
⑫ワンジャーナ峡谷ツアー           ダービー泊   
                                 8月12・13日
⑬ゲイケイ峡谷ツアー       フィッツロイクロッシング泊                                  
                                 8月14・15日
⑭昼前に到着 プールに入って体を冷やす。 ホールスクリーク泊
                                    8月16日
⑮ 牛が道をのんびりと横切る モーターホームは急ブレーキ カンナンウラ泊
                                    8月17日
   W.Aからノーザンテリトリーに入ると果物は持って入れないルールがある
                      ビクトリアリバーロードハウス泊 8月18日
⑯ここからは日本との時差が30分になる。キャサリンは大きな町。          
                       キャサリン泊   8月19~21日
 カカドウー国立公園に向かったが一人27ドルのハイウエー料金が高いと
 60km引き返す。             ダビル泊    8月22・23日
⑰私はここでお別れ。
 ジョンとロビンとローマは南下してエアーズロックへ向かう。 ダーウイン泊
                                   8月24~26日
123両連結

ウエーブロック
byo4.gif

 パースから東へ5時間程走るとウエーブロックに着く。

①どこまでも平野で広い空を眺めてドライブが続く。
 これからダーウインまでの旅は、こんな景色がづっと続くのだろう。
 ハイデンのキャラバンパークに着いたら、すでに日が暮れていた。

②③翌朝すぐ前に、高さ15mの巨大な波が押し寄せてきて
 一瞬にして固まったような奇岩があった。
 
 何百万年にわたって降った雨が作り出した自然のままの姿です。

ウエーブ解説 

サウスパース郊外の豊かな暮らし
予定ではパースに全員集合。
モーターホームをレンタルし、ここから旅を始める計画でした。
ロビンとジョンの弟がここに住んでいるので
自分たちは先にパースに着いて訪問すると言っていました。
私も2~3日早く到着して、一人でパースの町を歩くつもりでいたのですが
それなら弟の家に泊まればいいよ。
その言葉に甘えて5日間も滞在させてもらいました。
この南パース郊外の暮らしがとても素敵でした。

夜遅くに到着すると、ジョンの弟のマーチンが出迎えてくれました。
思ったより若い男性でビックリです。
挨拶が終わると、マーチンは私の背中をかばう様にして各部屋と
布団入れやベッドルーム、バスルーム、食料庫から冷蔵庫も開けて
”好きに使ってくれ”と言うではありませんか!
初対面でこの歓迎ぶり・・・感激しましたねエ。

翌日はマーチンとガールフレンド・ベティがフリーマントルを案内してくれました。
ツアーコースでない場所のほうが嬉しいと言う私に、
大好きだという公園や、マーチンのヨットハーバー、
自分の家よりもっと大きい家を見せようと
大邸宅地区へも連れて行ってくれました。

スワンリバーに沿って建つ家々も素晴らしく
その日から、ここは私の夕方の散歩道になりました。
薄暮れていく川面の美しさ。
泊まっている1隻の舟を目印に左折すると、5分でマーチンの家に戻れます。

ある日、散歩から帰ると玄関前の庭に車が12台駐車していました。
そう言えばマーチンが正装していたな。
そっと家に入ると、一番奥の部屋で何やら会合が開かれている。
ロータリークラブの会合だそうだ。
オーストラリア人はいつもラフなスタイルなのに。初めて見る正装でした。

4日目、造幣局へ行きたいとロビンに頼んでいたのを聞いていたのでしょう。
僕が案内しよう。と声をかけてくれる優しいマーチンです。
昼食は造幣局の職員でもある、マーチンの友人と3人でレストランへ行く。
4cm厚さのステーキ入りバーガーが出てきたけれど
デカ過ぎて食べきれなかった。これは心残りです。

先日の会議の続きなのか
スワンベルタワーを高くするための寄付を集める話とかを聞いていて
私も何か夢中で喋っていたけれども・・・
何を話したのか全然覚えていない。
ステキな一日に興奮していたようです。

Anyone cupa?
(=anyone cup of tea or coffee=誰かコーヒーか紅茶いる?)
彼の声が、いまも私の耳に心地よく残っています。








パーススライドショー②
parth slide 2
1、ワジェマップ灯台があるロットネスト島へは
  フリーマントルからフェリーで渡った。
  紺碧のインド洋に浮かぶこの小さな島を、人々はロットーの愛称で呼ぶ。
  初めてやってきたオランダ人が
  ネズミがウヨウヨいる島だと命名したそうですが、彼らが見たのは・・・
  クオッカと言うカンガルーの仲間で可愛いい珍しい動物でした。
2、3、ロットネスト島の回りは荒波で侵蝕した奇岩があり
  素晴らしい景観です。

4、パースのヘイストリートにあるロンドンコート。
  正面にあるのはシェークスピアの像?だったと記憶していますが。

5、キングスパークの少し高台になった広場から、スワン川とパース郊外と
  ダウンタウンのビル群が一望できます。
  パースを訪れる人はここへ行くべきです。全部見渡せるのですからね。
6、その広場にある戦争記念碑です。

7、パース近郊の町フリーマントル。ここはフェリーが発着する船着場です。
  フリーマントルで個人の家を建てる時は建築規制があると聞きました。
  そのお陰で古い建築物と調和したいい町になっているのですね。
  少し入ると、有名なフリーマーケットが開かれるショッピング街があります。

  1986年 「世界的ヨットレースのアメリカズカップ」 が
  初めてアメリカ以外で開催されたのが、ここフリーマントルです。
  負け知らずのアメリカからカップを奪ったオーストラリアは湧きに湧いたそうです。
  優勝後、次回の開催国がオーストラリアのフリーマントルと決まって以後
  今ある美しい町に大変貌したのだと聞きました。

8、スワンリバーには、途中まで歩けそうな浅瀬になっている所がありました。

9、写真が前後して申し訳ありません。
  これはロットネスト島です。
  島内はマイカーで走ることができないので
  1時間半のバスツアーになりました。
  サイクリングはできましたが、アップ・ダウンがあって相当キツそう。
  インド洋に目を向けると、美しいマリンブルーの海が広がっていました。
  驚いたのは、海のあちこちに第二次世界大戦の傷跡、船の残骸が
  そのままになっていたことです。
パース・スライドショー①
video.gif
1、市内から車で5分のところにあるキングスパーク。
  自然のままの森林があり、野生動物も保護され
  9月頃はワイルドフラワーが一面を埋め尽くす。
  週末を楽しむ家族連れの、のんびりした風景があった。
2、ここからはスワンリバーの流れと
  高層ビル街とサウスパースが眺められる。

3、ヨットを楽しむ人が多く
  ヨットハーバーには3階建ての駐帆船場があり珍しかったので。
4、マーチンのヨットを見にヨットハーバーへ行く。
  一緒に写っているのは彼のガールフレンド・ベティ。

5、日本レストラン「はやし」を見つけて夕食に。3人で12,000円也。
  ジョンは焼きうどんとビール。
  ロビンはうなぎ二タ切れと日本酒と抹茶アイス。餃子。
  私は味噌汁・ご飯・サラダ・沢庵。朝食みたいでしょう?

6、造幣局を案内してもらいました。友達がいるので入館は無料。
  ゴールドラッシュ時代に英国王室造幣局として開かれたそうで
  当時の採鉱者の様子も展示。  
  金塊を鋳造する実演を見せてくれました。  金塊を持つこともできました。
  盗んで帰りたかったけどポケットに入る重さじゃありませんでした。

7、スワンベル。音色の違う17個のベルがあり・・・と
  日本で購入したガイドブックに書いてあったが、
  現地の人はいつ鳴るんだろう?なんて・・・余り知られていないようでした。
  ライオンズクラブの集まりで、寄付を集めてスワンベルをもっと高いタワー
  にして有名にしたい。と話していました。
  今のままのパースの方が静かで、きれいでいいのにな。

8、パースの町は東西と南北の通りからなる単純な構成なので
  私でも一日滞在したら迷わないだろう。

  有名なヘイストリートから南へ抜けるロンドンコート。
  クラシックな英文字の看板が掛かっていた。
  あれっ?中世の英国へ来た??と思わせる古い建物通りを楽しんだ。

9、パース駅。今回は利用することはありませんでした。

ワイルドフラワースライドショー②
             <西オーストラリアをモーターホームで北上7000km旅の前に>
 
ブーゲンビリアも睡蓮も綺麗かったので入れました。
はな

バカバカな話 行方不明のバッグ      
       美しい花を見ながら聞いてくださいます?

サセックス・インレットにある郵便局から、お土産物を入れた小包を我が家へ送った。
その荷物が私の手元に届かなかった。
私が帰国するより、随分早く届いたものだから預かり期限が過ぎて
受取人不在でオーストラリアへ返送されてしまった。

どうしましょう!?  わが町の郵便局にたずねたら
すでに神戸からオーストラリアへ旅立ったバッグの行方はわからないとの返答。
ネットで探して、オーストラリア郵便局サービスセンターへ電話を掛けてみる。
無謀ではあった。
担当者の話すことがよくわからない私に、N0000の番号が一番大事だから
覚えておくように。今はまだ貴女の荷物は船上にあるから、オーストラリアへ着いたら日本へ送り返す手配をする。と親切な応対をしてくれた。
これにはちょっとだけホットした。
待つこと2ヶ月。
その間、郵便局とロビンの間で話し合ってくれたようだ。
11月に入って、サチヨのバッグがロビン宅へ返送されてきたこと。
すぐ航空便で送ると連絡が入り、私の手元に届いたのであります。

しかし
私の心はちぢに乱れました。
自分の迂闊さに腹が立ち。
荷物送料7,500円の無駄遣いに、また腹が立ち。

ところが、まだ追い打ちを掛けられたのは。
ロビンが立て替えてくれた7,500円の送料を支払いたかった(当たり前!)ので
ロビンの銀行口座対応の大手銀行から送金したところ
訳がわからないが、受け取り拒否と日本へ返金されてきた。

この場合。
送金に必要な銀行手数料として4,000円。オーストラリアの手数料が2,500円。
支払った合計6,500円は戻ってこない。
その上、返金されてきたので、
オーストラリアから日本への送金手数料4,000円も追加支払いせねばなりませんでした。
総合計 10,500円が全くの無駄金になってしまったのです。

小切手もダメ。書留送金もダメ。
そこで最後の手段です。
航空便の普通手紙に挟んで1万円札を入れました。
危険を承知の上です。
これでダメならば
”ロビン達が日本へいつか来る時にお支払いするしかありません”
とメールを入れたら
Ok we will keep our fingers crossed😊
  =幸運を祈りましょう=と返信が来て
一週間後、無事にロビンの手元に届きましたとさ。 トホホの話です。





ワイルドフラワースライドショー①
             <西オーストラリアをモーターホームで北上7000km旅の前に>

第4番目の訪問地、パースの町をご案内します。
9月になるとワイルドフラワーが、あたり一面に花開くのです。
想像してみてください!
野生のお花畑の大パノラマです。
私が行ったのは7月末だったので、ワイルドフラワーの開花には早すぎましたが、
咲き始めた色とりどりの花に目を奪われました。
花

オーストラリアの1/3を占める広大な西オーストラリア州。
金・ウラニウム・鉄鉱石・天然ガスの鉱物資源が眠っている土地。
ここスワン川河口に入植した人々が
新天地を開く夢を持っていたのは頷けます。

底流にある開拓者精神と豊かで楽しい人生を享受する人々。
これこそがオーストラリアのお国柄になって息づいているようです。

”All work and no play makes Jack a dull boy.”
=働いてばかりで遊ばない人は、つまらない人になるよ=
モーロング学校で日本語の助手をしていた私は
翌日の授業の準備に余念がなかった。
そんな私を見た人から掛けられた言葉だ。

”オーストラリア人がビールを飲んでいる間、日本人は海に潜って貝を採る”
このジョークは、一度きりの人生を楽しまなければ損、という
オージーのメッセージであるのは明らかですが、
そこは如才ないオーストラリア代表の弁
日本人の勤勉さへの賛美の念もふくまれているんだ、と言い添えた
お見事なサポートには感じ入りました。
私の (メ・ん・)?の気持ちは吹っ切れました。

今回の旅で、私は友人達に言ってみました。
"All play and no work makes Juck a dull boy."
=遊んでばかりで働かない人は、つまらない人になるよ=
彼等も ”その通り!” 

巧みに一匹狼の日本人を立ててくれる心優しき人々です。

リースフラワー
    これがリースフラワーです。




お国柄
            <西オーストラリアをモーターホームで北上7000km旅の前に>

ロビンの家があるサセックス・インレットの町で
地域の退職組の集会があって私も参加した。
月に一回、30名程の会員が集まる。

”○○さんが入院しています”とか会員の報告があって
本日のプレゼンテーターが登場。
今回はトルコ旅行の楽しい報告と国の様子などを一時間ほどお話された。

飛び入りの私が楽しかったのはモーニングティータイム。
コーヒー又は紅茶。ミルクとシュガー。各自が好きな飲み物を入れて
食べたいだけビスケットを取って、あちこちで雑談が始まる。

日本の老人会といえば
どこでも全員同じものが入った菓子とお茶が配られる。
それを準備する世話役さんは大変だ。
次の集会では私が発表しましょう、と名乗る人も多分いないだろうし
第一、外国人の飛び入りを受け入れるだろうか。

どちらがいいということではないが、
こんなところにもお国柄の違いが表れているようでとても興味深い。

                 



ロビンは昨年、大きな外科手術をしました。
旅行ができるのかな?とtomoさんと心配したものです。
30km以上走って、やっと次のガソリンスタンドがあるような僻地を
大きなモーターホームで走る計画です。
誰が運転するの?そんな心配をよそに、
旅行の大半はロビンが運転し、先頭に立って散策道を歩いていました。

ジョンと言えば、膝が悪くて階段の上り下りが苦手です。
従姉妹のローマは病気があって、大きな薬バッグの中には自分で打つ注射も持参していました。
それでも皆元気に楽しく旅を続けました。

大らかと言うのでしょうか!
キャラバンパークで出会った人達の中にも、杖を頼りにしている老人や、おぼつかない足取りの人が結構おられました。
私なら、長い旅に出る勇気がないだろうと思ったものです。

”人生を楽しまなくっちゃ”と彼らの声が聞こえてきそうです。

  
          3番目の訪問地・ロビン宅にGood-bye
   次回は、世界で一番美しいと言われた町パースをご案内します。
ロビンとジョンと話したことは。
<西オーストラリアをモーターホームで北上7000km旅の前に>

 「折り紙は数学」という私に、化学の先生をしていたジョンは「料理は化学」と応じた。料理も化学も好きなのだ。
泊めてもらった間、毎日の料理はジョンが担当し、妻のロビンは編み物か手芸をしていた。
共働きをしていたからだとしても、食事の用意をしない主婦、いいなァ~

 ロビン宅のテレビにNHKニュースがうつる。毎日見ているジョンは
天気予報やニュースキャスターの物真似がうまい。
NHKニュースのおかげで、熱中症で40人が亡くなった今年の日本の夏の暑さも知っていた。

 義理チョコの話でも盛り上がった。
ロビンや従姉妹のローマは、ヘエ~と聞いているが
大阪の高校の職員室を訪問したことがあるジョンは
「自分は仕事が終わっているのに、上司が居残りをすると帰れない」とか
「仕事帰りに一杯飲みに誘われたら、本当は行きたくなくても付き合う」とか義理人情の世界にも通じている。
窓際族のことを、会社が辞めさせられずに義理でおいている人達と説明していた。
ちょっと違うかな?と思ったが黙って聞き流す。

ロビンは一ヶ月一緒に暮らすうちに、すっかり日本語が上手になった。
「ちょっと待ってください」「行きましょか」etc
ジョンは日本の歴史本を読んでいるので、驚くようなことを知っている。
花魁や芸者の悲しい話が飛び出したりする。
そこで、
カウラ脱走事件をどう思うか?と私の方からたずねたら
「サムライ・ハラキリに通じる。殿のために忠義を尽くす」姿だという答えが返ってきた。

ジョンとロビンは4回も日本へ来ている。
中でも、金比羅さんへお参りした話をよくする。
外国客が訪れないような場所へ出かけて「私は日本語が下手なオーストラリア人です」と話しかけるそうだ。
たまたまカタコト英語で魚の話をしてくれたおっちゃんと、昼食に入った食堂でバッタリと再会。
おっちゃんの経営する一膳飯屋で、お客5~6人と即席貸切パーティーをしてくれた。そうだ。
といった調子で、旅行では日本人とのふれあいを楽しみ、日本人をもっとよく知ろうとしている。




ロビン宅へやって来る生き物
           <西オーストラリアをモーターホームで北上7000km旅の前に>

ロビン1
 
1、カラフルインコです。日本のインコより大きくて、色が鮮やか。
2、こちらも、つがいで仲良くやってきました。
3、川に浮かぶペリカン。
4、可愛いカンガルーが私を見ても逃げるようすなし。
5、親でしょうね。近寄れませんでした。

裏庭の菜園にはヘビがいます。
これはおもちゃのヘビです。害虫が来ないように置いてあるそうです。
いたずらジョンが、これをつまんで階段を上がってくるので
へび嫌いの私は怖くて、ガラス戸に鍵をかけてジョンをシャトアウト!
やめなさい!とロビンに怒られていました。

西オーストラリアを旅する途中では本物のへびもいたし、
毒蛇に注意のポスターもありました。
土産物屋には何故かヘビのおもちゃが沢山売ってました。
それらを私の目に触れさせないように
大きな背中で隠してくれる気遣いをしてくれたのもジョンでした。


ロビン宅の裏庭に沿って流れる川で、ジョンは魚釣りをします。
海水の魚 が取れるそうです。

ロビンが住むサセックス・インレットを地図で見てメールを下さったNさん。
ありがとうございます。
奈良町にあるNさんの家に数年前泊めていただいた時に、魚釣の話をなさったのですね。
どんな魚が釣れるの?とジョンに質問したら、一言 saltwater fish とメールが来ました。



 


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