縁 は 異 な も の
68歳の挑戦から”縁は異なもの”にタイトルを変更しました。
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ロビン宅スライドショー①
             <西オーストラリアをモーターホームで北上7000km旅の前に>

ロビン2

1、ロビン宅のベランダに座り、裏庭に沿って流れる川を眺める私です。
2、何の花でしょう。グングン伸びているのが面白くて。
3、友達の家も川に沿って建っています。
4、遊びに寄ったロビンの友達の家です。
5、庭に咲いていた、バンクシャーの大きな花が見事です。
  ギザギザの葉っぱとか沢山種類があるそうです。
6、入り組んだ川に沿って家々が立ち並び
  魚を取ったり、ドラゴンボートをしたり水と親しんで暮らしています。

 ぐんぐん伸びる花
     スーパーの駐車場にもぐんぐん伸びる花が。
3番目の訪問はロビン宅です。
             <西オーストラリアをモーターホームで北上7000km旅の前に>

シドニーから120km南下するとサセックス インレットと言う町があります。
シドニーから沢山避暑に訪れる美しい海岸です。
ロビン達はここに家を建てました。

↓は6月に降った大雨で、ロビンの裏庭が水に浸かった時の写真です。
右手に見える怪しい物体は、ジョンが川で魚釣りをするモーターボートです。
high tide

海水が引くと、すばやくもとの庭に戻るようです。

私が7月に訪れた時には
枯れ草の中にわずかに海藻らしきものを見つけただけでした。
立直るのも早いのです。
ロビン宅ジョン

この町もゴールドコーストのように
海水が逆流してくる川に沿って家が立ち並んでいます。
裏庭続きの川は、ゆるやかに右手の海側から逆流しています。
引き潮になると、たちまち方向が変わって
左から右へゆるゆると流れはじめるのです。

始めの頃は、セカンドハウスを建てる人が多い場所でした。
右隣さんは、いまは留守宅だそうです。
左隣さんはもと大工で、奥さんも増築のお手伝い。
庭でセメントを捏ねるのは奥さんの仕事。
捏ねあがったらバケツに放り込んで、
それをご主人が2階から紐で釣り上げて壁塗りをしていました。
逞しい生活ぶりです!!

今は多くの人が住む、綺麗な町になっています。
モーロングスライドショー②
              <西オーストラリアをモーターホームで北上7000km旅の前に>

モロング2

1、早朝に起き出しキャシー家の前庭を散歩。朝日が昇ってきた。
2、デフネとキャシーと一緒にダウンタウンのロードテラスで昼食。
3、キャシーの孫が集まってきた。
4、お尻フリフリ・・若者はこんな格好が大好き・・
5、食後にトランプ遊び”うすのろ”を教えてあげると大人も夢中になってた!
6、ジョンとティムとロビン。
  モーロングに二日滞在し、再びティムの車で
  シドニーのセントラルステーションへ送ってもらう。
  そこまで迎えに来てくれたジョン・ロビン夫妻と再会する。
7、楽しかった夕食会。
  日本から送ってあったちらし寿司の”すし太郎”は大好評。
  20年前は、Sea-weed yac!=海藻を食べるなんて気持ち悪い!
  そう言っていた子供たちが
  大皿2枚に山盛りのちらし寿司を、今回は美味しそうに完食。

モーロングへは電車が走っていなくて、訪問したくても行く方法がありません。
長い間手紙の一本も出していなかった人達に”車で迎えに来て泊めて下さい”
                            とは言えませんでした。
悩んだ挙句、ドキドキしながら電話した相手はキャシーです。
”Hello Sachiyo. Do you remember circus?" これが第一声でした。
突然思い出し・・恥ずかしくて・・二人で大笑いして・・
私は長らくご無沙汰したお詫びも、泊めてもらうお願いの言葉も言っただろうか。覚えていない。
一瞬で昔の友情が戻って、モーロングの訪問が叶ったのです。

そのサーカスの日の出来事とは。
空中ブランコで女の人が相方の手を掴みそこねた瞬間、墜落と同時に
私は、飲んでいたコーヒーを掘り投げてしまい
前に座っていた婦人の、白いセーターを茶色にしてしまった。ことがありました。
I'm sorry. ごめんなさい。すみません。何度も頭を下げて謝る私。
横ではキャシーの家族が、笑いを堪えて、堪えきれずにプッ 
     
   

         第2の訪問地・モーロングに Good-bye                                                                     次回はサセックス・インレットにあるロビンの家を訪問します。
懐かしいモーロングへ帰ってきたよ。
             <西オーストラリアをモーターホームで北上7000km旅の前に>


真っ暗闇の中でもたしかに見覚えのある門。
一ヶ月間ステイさせてもらったキャシーの家だ。
門を入ると150メートルほど前方の家の中で明かりが灯っていた。
彼女が飛び出てきて、新しく建て替えた部屋に招き入れてくれる。
赤々と暖炉が燃えていて、なんと素敵な家に変わったことでしょう。

ありがたいことにバスがある。特別に頼んで使わせてもらった。
ふだんはみんなシャワーを使い慣れているようだ。
    
翌日はモーロング学校へ行った。
日曜日で誰もいない校舎と校庭を歩く。
お別れ集会を開いてくれた講堂が懐かしい。

奈良日豪協会がモーロングと交流していたので 
その縁で20年前の私の渡豪が実現した。
留学生を派遣したり、受け入れたりしていた一条高校の先生と
モーロングのボリンジャーさん達の努力が実って交流が始まった。
彼は亡くなっているが、奥様のデフネがaged hospitalに
いると聞いていたので訪問することにした。
今もなお素敵な老婦人で
懐かしのダウンタウンのテラスで一緒に昼食していると
通る人がデフネに親しく Hello Daphne how are you? と声をかける。
穏やかな彼女の人柄が町の人々に好かれているのでしょう。    
    
近くで花を買って、亡くなった友のお墓参りも出来た。
ジェニファーお墓

夕食には、20年前の子供たちが、
すでに結婚して自分の子供をつれて集まってくれた。
キャシーの夫トレバーが、自慢の手作りオーブンでピザを焼いた。
ところが真っ黒け。大笑い。
戸外に設置した大きなオーブンは火加減が難しいようだ。
バーベキューも、もちろんトレバーの仕事。
子供達はサラダやドリアなど分担して持参。
私は定番のちらし寿司とカレーを作る。
トレバーバーベキュー

再び、ここモーロングへ来られて良かった。
20年前の出来事を語り合って大笑いした。
キャシーの家は火事で焼け落ちたそうだ。
辛かったのを乗り越え、新しい家を建て
体力の限り、夫婦で放牧を続けると言っていた。

モーロングを去って6日後に、
トレバーが自分の牧場で事故に遭い死亡したことを知った。
ピザやバーベキューを焼いてくれたトレバー。
沢山飲んで、一杯話したトレバー。

信じられない悲しい出来事でした。
    

    



    

    

    

モーロングスライドショー①
           <西オーストラリアをモーターホームで北上7000km旅の前に>

当ブログを見てくださった方から
”モーロングの場所を地図で探したが見つかりません”と
メールをいただきました。ありがとうございます。

モーロングはシドニーから西へ300kmの所にあります。
ブルーマウンティンを越えて内陸地へ入ると
アップルで有名なオレンジ町があり、その隣に位置しています。

近くにはカウラの町があります。
カウラの捕虜収容所で起こった大脱走事件のことを知りまして
私の拙いブログでも少し書かせてもらいました。

奈良市では、元興寺の住職様をはじめ多くの人達が
この脱走で亡くなった戦没者供養をするためにご尽力されました。
そのご縁があって、カウラの近くにあるモーロングと
奈良市の交流が始まったと聞いています。


    モーロング1

1、早朝、キャシーの家から前方を眺めた景色です。
2、150m程向こうに門があって、大きな郵便受けを取り付けています。
  昔は、出す手紙を入れておくと、郵便さんが配達に来た時に
  投函してくれたそうです。今でもかなァ~?
3、トレバーの牛です。
  20年前に、牧場の木の下で子牛が生まれたのを見たんだけど・・
  この牛かな?!牛って20年ぐらい寿命ありますか?
4、モーロング・セントラルスクールの校章です。
5、プレスクールと言う入学前の子供の学校と
  小学校、中学校が一緒になっています。
  モーロングを去る前日、この庭で小学生のお別れ集会をしてくれました。
  オーストラリアの国花ワトルツリーの黄色い花が満開でした。
6、ダウンタウンのストリートテラス。デフネとキャシーと3人で昼食。
7、ボリンジャーとS先生のご活躍があって
  奈良市とモーロングの交流が始まりました。
  奥様のデフネさんがaged hospitalにおられると聞いて訪問したところ
  一人で車椅子に乗ってスーパーへ買い物に来ていました。
  



2番目の訪問地・20年振りのモーロング
             <西オーストラリアをモーターホームで北上7000km旅の前に>

    ゴールドコーストの出発は霧のために、3時間も遅れました。
    ニューキャスル空港へ到着し、迎えに来ているTimを捜すと
    杖をついて歩いてくる姿が見えて、一瞬たじろぎました。
    あれから20年の月日が経ったんだ・・・

    20年前、私が1年間モーロングに滞在した時
    Timはモーロング・セントラルスクールの日本語の先生でした。
    私はその助手をしながら、一ヶ月単位で先生宅や生徒の家
    地域の警察官・農家でステイさせてもらっていました。

    どっこいしょ!スーツケースを彼の車に放り込むと
    空港から300km西へ、モーロングまでドライブします。

    広いオーストラリアでは、車なしでは暮らせないのでしょう。
    今もなおTimの運転は健在で、一旦はホットしたけれど
    昔、教えてあげた ♪夕焼け小焼け とか ♪春が来たを歌いながら
    お喋りしながら、車を100km以上で飛ばすので
    始終ヒヤヒヤしっぱなしでした。

    オーストラリアは赤茶けたドライな国に違いありませんが
    今年は、道の両脇にうっすらと緑の草が生えていたのが
    新鮮に映りました。
    雨が多かったそうです。
    
    その道端にカンガルーが死んでいるのをよく見かけました。
    夜道をドライブすると、カンガルーがライトに寄ってきて
    追突するのだそうです。
    衝撃は強くて危険です!
           標識

    やっとモーロングのダウンタウンに着いた時は、夕暮れでした。
    町並みはというと・・・ちっとも変わっていなかったです!!!
    20年も変わらない小さな田舎町、私は大好きです。
    今どきの大阪では考えられませんよね。
    
    買い物がある度に通った、たった一つのスーパーのドアを押すと
    陳列が少し変わっていたかなァ~
    空気までそのままに感じ、昔に舞い戻ったような錯覚。
    当時好んで食べた、ミューズリーとローリーを買ってしまい笑われました。
    懐かしさよりも、嬉しかったのを思い出しています。





    

    


ゴールドコーストのスライドショー②
              <西オーストラリアをモーターホームで北上7000km旅の前に>

リズ達と一緒に       
リズ達と一緒に

1、リズの子供3人、京都で撮った七五三参りの記念写真が飾ってあった。

2、どこの家にも大きな食料庫があって、右手に青い麦茶パックが。

3、鶏肉に大豆、缶詰を3缶ほどほり込んで、電気鍋で煮込んだ夕食です。
  片付けは中学生のディークンの担当。スマートだよね。
  終われば各人のワンプレートを下げて、洗浄機に入れるだけ。
  日本食の片付けを子供に任せるのは大変です!

4、コールズという名のスーパーヘブラブラ買い物。

5、on sale=セール中のお店では真剣になるリズ。

6、「オーストラリア観光」の本に載っていたモニュメント。ここを曲がると友の家。

      
     一番目の訪問地、ゴールドコーストに good-bye 
     次は、モーロングという名前の小さな町を訪ねます。
ゴールドコーストのスライドショー①
           <西オーストラリアをモーターホームで北上7000km旅の前に>

最初の訪問地・ゴールドコーストの写真がスライドショーになりました!

wawawa.gif

1、パンフレットと同じ写真でしょう!Q1 skypointの77階からの眺めです。
2、この道をまっすぐ歩くと、有名なサーファーズパラダイスに行きます。
3、朝日が昇るのをみながら、海岸を散歩する。
4、この船に寝泊りして朝釣りを楽しむ人がいた。
5、skypointから左方向を写す。(1、は右方向のビル群)
  サーフィンに向かう若者が、豆粒のように見えました。
6、skypointの裏側にも海が入り込み、海に沿った町が綺麗です。
  



旅行の費用
              <西オーストラリアをモーターホームで北上7000km旅の前に> 

・・・旅費が一番気になりませんか・・・
手作り地図

ざっとですが、46日間オーストラリアを旅して80万円掛かりました。
航空運賃は全部で13万円でした。
日本とオーストラリア往復の他にも
オーストラリア国内の移動に2度フライトしています。

パースからダーウインまでモーターホームで1ヶ月間旅した費用が40万円でした。
「キティーバンク」と名付けたサイフに
モーターホームの住人一人当たり200ドル入れるきまりです。
食料を購入したり、食事に出かけたり
ガソリン代、モーターホームの利用料、キャラバンパークの利用料、
見学に参加したツアー代をまとめてその中から支払います。
キティバンクに現金がなくなると、又200ドルずつ追加するのです。

友達を訪ね歩いた18日間の諸費用は20万円でした。
友人宅に泊めてもらったので宿泊代、食事代、交通費はかかりません。
そのお礼に夕食をご馳走したり、長距離ドライブのガソリン代は分担しています。
歯磨きやシャンプーなど現地で調達した生活必需品や、
行く先々で買い求めたお土産代に使いました。

素敵なモーテルに30ドルで泊まれた、物価の安かった頃を覚えているので
今回は、衣料や食料が日本より高くなっていることには驚きました。
予算がオーバーしそうです・・・
オーストラリアの友人もガソリン代が値上がったと嘆いていました。
不便な所へ行くと、ガソリン1リットルが180円もしていました。
モーロングまでドライブして
300kmを往復した時は、1万5千円分の給油をしています。

オージーたちは、スーパーのカートに山盛り積み上げて買い物しています。
オーストラリア人はみんなお金持ちだなァ と思ってしまいました。

残り7万円は、損保料や献花・送料・双方へのお土産代等です。



   皆さんなら、せっかく旅行に出かける時くらいはリッチに
    ホテルに泊まって、美味しいお料理を楽しみたいと思いますよね。
    私もそうです。
    でも、オーストラリアの友達とする旅は少し違います。
    今回も始終モーターホームの中で食事をして寝泊まりしました。
    ホテルには泊まらず、温泉などもありませんからシャワーで通しました。
    たまにはレストランで食事を楽しみますが
    朝昼はトーストかクラッカーにチーズとハム・サンドウイッチで済ませます。
    日本の食事の方がずーっと豊かです。



ゴールドコーストでリズと再会②
              <西オーストラリアをモーターホームで北上7000km旅の前に>  
  ・・・オーストラリアの離婚事情・・・  
  
  夫に愛人ができて離婚した妻の場合です。
  一年ほど前に購入したマイホームがあり、幼い子供が3人いるとします。

  問題が発覚して妻が離婚を決意、書類で申請したとしましょう。
  すると、一年後に調停員が家にやって来て離婚成立。
  家は妻の所有になり、夫は子供3人の養育費を今後ずっと支払うことに
  なります。
  夫が支払いたくなくても、
  ちゃんと給料から天引きされる仕組みになっているのです。
  妻の悔しい思いがチャラになってお釣りがくるほど、
  経済的に裕福になると聞きました。
  妻の落ち度はあまり考慮されません。
  一方的に夫のほうが悪いとみなされるのです。
  日本とはエライ違いですね。
      カモメ
      早朝、海辺を散歩して、同年代のリズの母親と話が弾む。

誕生日 折り紙
 花火に火を点けたバースデーケキ         アリアは折り紙が大好き
 サプライズでした!

coles.jpg お墓
  スーパーcolesへ買い物に         リズの父親Bobのお墓参り   

食料庫 ここを曲がると家
  食料庫には麦茶もありました。  この魚が目印です。左に曲がれば友の家。
1番目の訪問地・ゴールドコーストでリズと再会①
              <西オーストラリアをモーターホームで北上7000km旅の前に>
2013.7.9 関西空港を20:50に出発して、
      翌朝6:55 ゴールドコーストに到着。
ジェットスター航空の搭乗券は2万5千円、1万円券を狙ったけれど無理でした。
飲み物などのサーヴィスは一切なく、座席が少し窮屈な感じです。
贅沢感はないけれど格安で空の旅ができます。

Hello Liz

2013.7.10  空港にはリズと彼女のお母さんが出迎えてくれていて
       懐かしさでいっぱいの再会でした。

初めてリズに出会ったのは20年前です。
その頃、彼女は日本語を勉強したいと言っていた高校生でした。
今は福岡弁を上手に話すのにビックリ!

私は一緒に行こうと友達に誘われて
再びオーストラリア大陸を訪れる一大決心した旅ですが、
準備に時間をかけるうちに、だんだん焦りだしていました。
パスポートもビザもトラベラーズチェックもカードも
航空券の予約も済ませているけれども、これで大丈夫なのかと心配になります。
旅慣れた人に笑われそうですね!

もう一つこの旅では、
20年前にモーロングと言う小さな町で1年間滞在した時に
お世話になった人達と再会して
もう一度ありがとうの気持ちを伝えたいと思っていました。
その計画は楽しいものでしたが
20年振りの町を訪問して、昔の友と気持ちが通じ合えるだろうか?
心配が増大して焦り出し、体調まで良くありませんでした。


最初に出会ったオーストラリア人が
日本語を話せるリズだったので気持ちがリラックスできました。


オーストラリアは冬の季節ですが、肌寒いという程度で快晴、気温19℃
目の前には抜けるような青空が広がっていました。
ペリカン

これは朝食です。量の多さにビックリでしょう!?
朝食

海岸まで歩いて5分の所に友の家があります。
夕方散歩してゴールドコーストのビル郡を眺めました。
gkのビル

雲が多かったけれども、美しい朝焼けを見て海岸散歩する。
朝焼け

ゴールドコーストの海岸を Q1 Sky point 77F から見下ろす。
q1 sky point 77f から眺めたgc



       
山々が色づく晩秋ですね
夏の初めにオーストラリアへ飛び立ったensachiさんが、
二ヶ月間の長旅を終えて日本に凱旋いたしました。

と、思うまもなく
またもや、次女の出産のために白浜に向けてJRの旅です。
68歳のおばあちゃんは娘の嫁ぎ先に入り込んで
二ヶ月間、大立ち回りの活躍でした。

このたび、ようやく
たくさんのみやげ話を持って、自分の家に帰り着いたところです。

早速、私は彼女と会う機会を持ちました。

これしきで彼女がよれよれになっているとは誰も思いませんよね。
そう、あきれるほど元気ハツラツです。

まだそんなに詳しい話を聞いたわけではありませんが、
それでもかなりカルチャーショックを覚えました。

白浜での農家生活でさえ、
ensachiさんにかかると、興味津々の深~い物語になってしまいます。

ensachiさんの話術は最高ですが、
その掘り下げたステキな体験談を
このブログで、文章でうまく伝えてくれるるかな、と
それが少々心配です。