縁 は 異 な も の
68歳の挑戦から”縁は異なもの”にタイトルを変更しました。
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大立山、はり新さんのホームページより
ようこさんの家は郷土料理のはり新さんです。
今回は、はり新さんのホームページを拝借しました。
http://harishinnara.blogspot.jp/2017/01/blog-post_24.html

スマイルさんといつもの散歩道を歩いていたら、大極殿から準備中の大パネルがニョキッとのぞいてました。
行事は見たいけど、この寒空、しかも夜に平城京で四天王を見、若草山の山焼きを眺める勇気がない二人でしたが。
さすが奈良町に根を下ろす老舗ですね。はり新さんが大立山を観光案内されていました。ラッキーでした!

2017年1月24日火曜日
はり新の観光案内(奈良 大立山まつりは25日から)
● 1月25日(水)から平城宮跡で、「奈良 大立山まつり」が開催されます。圧倒的迫力の四天王の大立山や、県内各地の伝統行事が一堂に会します。23日(月)夕方にはすでに四天王の大立山が立ち上がっていましたのでカメラに収めてきました。(奈良県内各地には、江戸時代の頃から「造りものを身代わりとして、厄を落とす」という風習があり、それを「立山」と呼んできました) 
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写真中央は大極殿、その右側に多聞天の立山が見えます

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多聞天の立山と大極殿。大極殿が大きいので多聞天の大きさがわかりづらいですが、その高さは7m強!


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当日は立山の中に灯りがともります

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立山の後ろもいいですね。四季のイメージ画が描かれています。広目天は秋。

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増長天の後ろには夏のイメージで花火でしょうか

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大立山と同時に楽しみたいのが県内市町村が工夫を凝らしたご当地グルメの「あったか食」。当店は祭会場には出店しておりませんが、奈良町で飛鳥鍋をご用意しております。
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当日は立山に灯りがともされますが、夕陽を背にしたシルエットだけの立山(増長天)も迫力があります

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大極殿前から生駒山系に沈む夕陽が見えました。ここから西の山々を拝むと視界を遮るものは何もありません。 25日の開催が楽しみです。










柏原警察から電話
新年早々物騒な話ですが。
朝5:30に電話のベルが鳴りました。
時間が時間なので嫌な予感です。すると、留守電から”柏原警察です。”の声。
いよいよ、オレオレ詐欺が来たかと受話器を取らずに続きを聞くと。
穏やかな声で、盗難にあわれた自転車に乗った子供を補導しました。 あっ!はい私です、と慌てて受話器を耳にくっつけた。
我が家のボロ自転車ですが、マンションの駐輪場に置いてあったのを、昨年暮れに盗られていたからです。
盗難届は出していません。
買い物は歩いて、と心がけているので、年に数度しか出番がない自転車でした。
年末の買い出しには使うので拭いたところ、鍵が錆びついて施錠できなくなってしまいました。
安物を買うと、整備してお金を掛ける代物でもないよな~と思ってしまうもので、油断して放置した数日の出来事です。


さて、補導した子供が乗っていた自転車、その所有者が盗難届も出していないのに、どうして分かったのでしょう?
書いてあった名前は、5年の間に消えかかって判読できません。
署の方から、防犯登録をしていたので、と告げられて。
役には立たんやろうけど、、、まあしとこうか。と思いつつ購入店で記入したのを思い出していました。
皆さんもされていますか?
防犯登録があったからこそ、私の自転車は発見されました。 こんなことがあるんや~!と感激しています。
かご1




残念なことですが、続きがありまして。
実は必要に迫られて、発見前日に、私は中古自転車を購入してしまっていました。
”どこか引き取ってくれる所はありませんか?” 警察には大変感謝しつつ聞いてみたところ。
”いいえ、所有者に返します。”

年末に拭いたから、見栄えは良くなっています。整備したら十分乗れます。
どなたかに譲る場合は、、、防犯登録のし直しをしないといけないと忠告をうけました。
その手続きを購入した店がしてくれるかどうかはわからない、と言う問題もあるようです。
お世話になりましたと頭をさげて所轄の部屋を出ましたが、自転車が2台になって困惑していたので
心からお礼が言えたかどうか自信がありません。

年の瀬クイズ
        ******************************
                
                  皆さまは、お忙しい年の瀬でしょうね。
           ブログになど付き合ってられるかい!の声も聞こえそうです(*´~`*)


★━ 年の瀬クイズ ━★

①お飾りをしてはいけない日、ご存知ですか?

       12月28日    29日   30日   31日     ○×でお答えください。


②近年はお節料理を注文する家庭が増えています。あなたは?

       (イ) お飾り、お節料理はします。
       (ロ) 略式だけども気持ちだけはしたい。
       (ハ) 普段と変わらない。


③百人一首をするご家庭はありますか?
  有名な句を選んでみましたか、上の句を思い出すことができたでしょうか!?
百1

2016年訪問客が7000人達成しました!!
すごいことです。このブログは、仲間が順番に記事を書いているのが特長です。
特集号に参加して下さった常連さん。ご覧くださった方々。本当にどうもありがとうございました。

皆さま良いお年をお迎えください。


答え ③
百2

① ○は28日 と 30日です。   ×は29、二重苦でダメ。31、一日飾りしてはいけません。

孫とばあちゃんの珍道中
ニュージーランドのラグビーチーム、オールブラックスの胸に付いているシルバーフォーンです。
フォーン1

ばあちゃんが本気で一回だけ叱りました。
マウントクックの宿泊ホテルから少し登ったハーミテージホテルへ夕食に行った時です。食事をしていたら帰りは真っ暗になる。道に迷う心配と雪道でスリップ転倒を恐れた私は、明るいうちに食材等買って帰ろうと篤志に相談。いいやダイジョウブと返事したので、まあ豪華版のビフテキなど頂いての帰り道。一つ曲道を間違えて、焦る私。そろりと歩いていると、真っ暗怖わないの?と篤志怖がっている。そこで一喝! 誰やいい加減な返事して!暗がりなんか怖ない!道間違えないでホテルへたどり着かなアカンやろ!
うつむいていますがこの写真は関係ありません。翌日朝食後に二人で山道を散策した時のものです。
散策1

クライストチャーチからマウントクックへは、篤志と二人旅でした。
JTBに長距離バスとヘリコプターを申し込んだので高くつきましたが、日本人のガイドさんが添乗して下さり沢山話が聞けました。NZの人も退職後は住みたいと言う、避暑地で人気のデカポ湖です。
<a href="http://ensachisan.blog.fc2.com/img/201608091007432ea.jpg/" target="_blank">デカポ2

帰路バスから眺めた湖の色は変わっていました。
デカポ1

ニュージーランドが好きな国になった3つの理由です。
①原発がNOです。火力水力地力の自然だけで発電するので、一カ月の電気代は高くつき日本の2~3倍。それでも市民はNO. 原発は一基もありません。
②自然の島があります。自然形態を守るために、その島は自然を破壊する人間が住めません。
③クライストチャーチの復興が遅いなァ~と感じていたのですが、政府は経済の停滞よりも、震災にあった市民の暮らしを全部確保した、それこそが一番に手掛けることでした。町の復興はこれからだそうです。

帰国後、篤志はお土産の明細書と一緒に、1万6千数百円が入った封筒を渡してくれました。
これは自分が両親や兄弟、友達に買い求めたお土産代金です。旅行中は私がNZドルを管理したので、帰ってからこのおみやげ代を、篤志が小遣で支払いました。購入額は200ドル程度、換金レートは78円前後ですが、ざっと計算するのに80円で計算したらと私が言いますと、おばあちゃんオレが分かってへん思うているやろ、そうしたら、おばあちゃんの得やで~と。ちゃんと分かってるやん フフフ

帰りの飛行機間違ってニューヨーク到着!そんなこともあり得る珍道中でした。しかし、これはお台場です(^^♪
自由の女神1
28日に帰宅予定していましたが、29日になってしまいました。
成田⇒関空の飛行機に乗れなかったのです。ジットスターの搭乗カウンターへ行ったら、予約された切符が支払い不能でキャンセルになっていますと。また私のミスが~~~! じゃ新しく切符を買います。 申し訳ありませんが満席です。 さあ~それからは乗れる航空会社を探してウィングを走る走る。 全部ダメ! 篤志が安いホテルを探してくれて、2分後に発車すると言う最終のシャトルバスに飛び乗った!ふーっ~~~という訳で成田シティーホテルに泊まることになりました。翌朝は、災難も転機にする元気が出た二人は、東京見物とシャレ込んで、ユリカモメに乗ってお台場見学をしてきました。

娘から、ニュージーランド航空にも乗り遅れそうやったらしいな~と。最後のオークランド空港で、NZドルを日本円に換金するのに手間がかかり過ぎて、搭乗口まで走る羽目になりました。それから走ってばかりの記憶が強烈過ぎた篤志は、ニュージーランドの話よりも、失敗談で笑い転げていたそうです。

ともあれ、計画表通りに帰れなかったばあちゃんは、篤志の両親には信用をなくし、へろへろになって帰宅したのであります。
そして・・・通帳を調べたら~~~チケット代金が引き落とされている!!!!これって何事が起ったの!?すぐに購入先のスカイチケットへ電話を入れた。その返事が、こちらのミスです。それって、どうしてくれるん⚓ 領収書を送付してくれたらホテル代とJR代金は支払います。何その言い方、迷惑掛けた、申し訳ない気持ちあるん!? 
そんな出来事があって本日、領収書を発行してもらえなかった新幹線のチケット代金を引いて、ホテル代とJR乗車券代の合計を支払います、とメール通知が来た。バカにされてたまるか~~~~~~~!ホテル代とJR乗車券代、そして領収書が貰らえなかった新幹線チケット代金も含めて請求通り、プラス気持ちだからくれると相手が口約束した3000円も入れて支払ってくれると。
このばあさんはいい加減であしらえる、そんな気持ちを持たずに誠意をもって対応することが、始めから出来んかったのかと情けないですね。そして、責任感が薄れる代行システムには怒りが残りました。


長い長いブログを書かせていただきました。読んで下さった方にお礼申し上げます。
孫とばあちゃんの珍道中
3泊目はウエリントンに住むリサの家に泊めてもらいました。
首都ウエリントンは風が非常に強い町です。丘の中腹にあるWellingtonの看板はtonの字が風に吹かれて舞い上がっているデザインでユーモアーたっぷり。リサの家はこの丘の上にあって、夜は台風かと思う強風です。10分程下った海に沿って空港があります。この強い風でも安全にと、ウエリントン空港には一流のパイロットが集められていると言ってました。

父親マサは努めて日本語を話しかけていて、ショーは2歳児でまだ喋り始めたところですが、声かけられた言葉を毎回繰り返すんですね。その発音は日本人と変わりありません。おばあちゃん、と私のことを呼び、おいしいね、もっとちょうだい、いただきます、いい子いい子,そして連発したのが、あつし。母親のリサも日本語を修得しているので、今回の旅は日本語が飛び交って不自由しませんでした。
何がご不満?ショーです。
ショー1

映画の大道具を制作しているマサの作業場も見たかったけれども、時間が少なくて残念でした。
国会議事堂あたりを歩き、NZ特有の淹れ方をする一番美味しいコーヒーを飲むと、美術館は素通りでちょっと悔やまれましたが、市民の憩いの場になっている港町を風に吹かれて散策したこと、家の裏山に上り眺めた周囲一面の海景色は忘れません。

4泊目はクライストチャーチのホテルです。
語学校の生徒23人が地震で亡くなった映像を覚えているでしょう、その近くのホテルの多くは閉鎖されたままでしたが、残った2つの高層ビルの一つに泊まりました。地震以後はビルの高さに制限を付したそうですから、このビルは抜きんでて高く、何十年後に再び訪れようとも、今回宿泊したホテルはパッと見つかるはずです。
 ここは目的地マウントクックへの通過点と思っていたのですが、リサ家族と街中を沢山見物出来ました。ちょっと面白い話ですが。地震の映像にあった大聖堂です、壁が崩れていました。しかし、あれは地震で崩れたのではなくて、市で取り壊し始めたら市民の抵抗があって放置されていたそうです。勘違いした人が多いけども崩れ落ちたのは塔だけですよ、と聞きました。その大聖堂の代わりに作られたのが、日本人が制作したダンボールの教会でした。今では観光の目玉になっています。NZは人口が少なくて復興作業してくれる人材を外国へ求めたら、建築志望の若者が集まってくれる、そうです。
 崩壊したビルの跡地には、亡くなった人たち180人分の白い椅子が並べてありました。車椅子もありました。真っ白なベビーチェアーも見つけました。店を潰された人たちが集まって、コンテナーの店を開店している一角があります。そこに飾られている像は、食事を作ろうとしている母親であったり、犬の散歩であったり、ごく日常の風景を取り戻そうとしたものばかり、ニュージーランドのお国柄を読み取りました。
 夕食に出かけたのは8時頃なのにほとんどお店がしまっていて、まだ開いていると聞いたラーメン屋さんへ。スタッフ全員が日本人の経営です。あの静かな通りのどこから集まって来たのか、このお店は満員盛況。日本料理と看板が上がっていても、中国人経営が多い中、日本人が作るラーメンの美味しいことを良く知っているんですねェ

 ボタニックガーデンを廻るエイボン川を船に乗ることにしました。
静かな川面、畔で憩う市民、若い篤志は川の急流くだりこそがアクティビティーだと少々ご不満。大きなビルの床にレールが残っているのを見つけ面白がっていたらとんでもない、1886年から走り続けているトラム(市電)がビルの大扉を開いてチンチンと走って来ました!この写真も消えてありません、ごめんなさい。